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店員さんを人質にしたコンビニに籠城中の窃盗犯の確保という、
結構緊迫した現場への対処中だったので、誰もが流動的な現状に振り回されつつも
様々な感覚の中、最も執行されねばならぬことへの対応が優先されたのだと思う。
それでなくとも凶行犯だし、異能を使っているはた迷惑な手合い。
尻に帆掛けて逃げ出した、文字通り尻腰がない相手だが、
それでもここで取り逃がしてはまた同じことを繰り返されるだけだと、
無我夢中とか遮二無二とかいう状況の中、それでも翻弄されはせず。
こういう時ほど組まされる“相方”の異能が炸裂して、黒獣が犯人を捕獲し、
周囲に詰めていたのだろう機動隊の精鋭たちが殺到して、犯人がやっとのことお縄となったのを見届け、
やれやれ一件落着したと安堵の息をついて。
撤収なり、次の段階への進行なり、皆さんが動き出す中、
「…?」
ふと周囲を見回した敦が、なんか変だなと違和感を覚えた。
其方もある意味“実働部隊”にあたろう、警察の方々、機動隊の方々の体格がやたらに壮健な人だらけで、
いやまあ、それなりの荒事へ対処するのだから、それほど稀有なことじゃあないかもしれないが、
ここいらを所轄としている署の担当の方々には結構“同性”の人が多くて、
跳ねっかえりが多い土地柄なのかねぇなんて言いつつ、
こういう現場では頑張り屋さんだねぇと可愛がってもらえていたのになぁと。
○○さんとか ▽△さんは来ていないのかなぁ、
異能かかわりな案件だから、念には念を入れて男の人を集めたのかなぁなんて、
そんな風に楽天的に解釈しかけておれば、
「…人虎。」
周りに聞こえようが聞かれまいが、相変わらず自分をそんな風に呼ぶ芥川だが、
その声が少々堅いのへ、おやや?と小首を傾げる。
荒事の最中だったこともあり、外套の襟の中へ押し込んでたらしい
細い背中を覆うほどにも伸ばした漆黒の髪が薄い肩の上でふわりと揺れて。
視線だけにとどまらず顔ごと動かして周囲を見回しているらしく、
「どうしたの?」
裏社会の雄、ポートマフィアの人間で、
しかも様々な凶行に手を染めた結果として立派な指名手配犯でもあるだけに、
警察関係者がこうも居るところは落ち着けないのかなと。
ちょうど自分の立ち位置がそんな方々との狭間になっていたので、
さりげなくも衝立役になってやろうと、ちょっぴり踏み出しつつ向かい合おうとしかかれば。
そんな敦の指抜きグローブをはめた手を掴み取り、
「気づかぬのか? 向こうに控える貴様の仲間を見よ。」
細い顎をしゃくって あっちと見せたい方を示す。
もう帰りたいのかと思ったらそうではないようで、では何へこうも落ち着かぬのか。
とりあえず言われた通りに其方を見やった敦の目に入ったのは、
警戒用の立ち入り禁止テープが張られた辺りの向こう、
一般人の装いのままなため
部外者です、いっそ野次馬ですと解釈出来よう雰囲気で立っている探偵社の調査員の面々だったが。
“え?”
其方を見やったまま、総身が凍ったようになって愕然としたのが相手へも伝わったようで、
視線を戻せば陶貌人形のような白い細おもてがしっかと頷く。
「…これは、」
そう、異常事態だ。ようやっと気づいたかと鋭いが落ち着いた目が見つめ返して来、
「とりあえずここから離脱だ、」
「で、でも」
「尋常ではないものを出して来る奴だというのは聞かされていただろう。急ぐぞ人虎。」
これももしかして奴の置き土産かもしれぬ。
捕まえたつもりが我らに妙なものを見せて、この隙に逃げたのかも。
お人形のように精緻に整った、どこか深窓のお嬢様のよな風貌をしていても、
そこはポートマフィアの遊撃部隊を預かる人物だけあって、
過激な異能だけじゃあない、その場その場での対処や英断にも長けており。
そんな相手の言の確かさは重々判っているものの、
敦としては、だが、依然として戸惑いが消せなくて。
相棒の言い分は判るが、だったら自分たちはまだ任務の最中だ。
なのに、此処から勝手に離れていいものかという逡巡に、焦ったように狼狽えておれば、
「どこに行こうって言うのかな。」
余りの不意打ちにひゃあと変な声が飛び出したほど。
気配を殺したまま近づいて、
ポンっと双方の細い肩へその手を載せた人物があり、
そろりと振り仰げば、顔の造作や雰囲気は よくよく知った太宰である。
姿だけのそっくりさんではないらしい証拠、
逃げようという算段に合わせ、一応 脚に降ろしたはずの虎の跳躍力が掻き消えており。
“太宰さん、なの?”
でもでも、髪の長さも違うし、顔の下がまるで違う。
こんな頼もしいまでの精悍な肢体なんかじゃあなかった。
凛と冴えた所作が映える、シャープな印象の人じゃああったけど、
同性でも惚れ惚れするよな、それは嫋やかな体形をしていたはずだし、
「そうだ。何でまたこそこそしてやがんだ?二人とも。」
そんな声が届いて、警戒線の向こうから歩み寄ってくる人があり。
今日の任務のここまでの段取りなら、そちらで待機していたのはポートマフィアのあの人のはず。
「…もしかして中也さん、ですか?」
「お、おう。」
そんな訊き方へ、おっとと口ごもったものの、それはこっちも同じこと。
鋭角的な目許に表情豊かな口許と、それは華やかな美貌の人だが、
五大幹部の一人というほど高位の人なのに前線に出ることを自ら選ぶ行動派で、
そんなせいか黒服はパンツタイプが多く。
そこまでの見栄えは一緒だったけど、でもでもやっぱりこの人も……
「遅いよ中也。つか、敦くんへは君こそ先に気が付かないと。」
「いやお前、これって笑ってる場合なのか?」
随分と戸惑っているのがどうしてなのかは判らぬが、
改めて名乗ってはないのに“敦”というボクの名を知っている二人なら
どうして、なんで? 声も響きが違うし、体の線もずんと力強くて。まるで、
「あの、何で中也さんも太宰さんも男の人なんですか?」
僕の目がおかしいのかな、もしかしてやっぱりあいつは幻覚を見せる異能者だったのかなと、
悪あがきのように思い込もうとしたものの。
顔を見合わせたお二人は、困ったような表情を浮かべ、
「二人ともなんでまた女の子になっているのかい?という順番なんだけれどもね。」
そうと言って肩をすくめてしまわれたのだった。
◇◇
あの大胆なくせに臆病で、その上、厄介な異能もちの強盗常習犯は、
警察や異能特務課による取り調べの結果、そんな自分の異能をよくよく理解してはいないようだと判明した。
片田舎からヨコハマへ出て来たものの、怠け者なせいでなかなか一つ職に落ち着けず、
手っ取り早く金が欲しいとコンビニや商店へ押し入っては、
刃物をちらつかせ怒号を浴びせて日銭程度の金品を奪う悪行をこなしていた。
それが少しずつエスカレートしたものの、
ちょっと大きめの店ともなれば、店員の心得も違って通報の手際も良くなって。
怖がりつつもこそりと通報ボタンなんぞを押しており、すぐさま警官がやってくる。
そんな形勢逆転の折々に
よくは判らないけれど、やばい状況となったそのまま逃走に入ったその折に
立ちはだかる者らを妨害、または薙ぎ払うべく、
そこを退けよと叫べば行く手を遮るものを蹴散らすシマウマや大イノシシが現れては露払いをしてくれて、
追っ手に怯んでやべぇやべぇ追って来るなよと慄けば、
ドスンという地響きと共に巨大なテトラポッドが降ってきたり、
キリンや見覚えのない大きな縫い包みがどこからともなく現れて追っ手を食い止めてくれたという。
「それでさ。
現れたものっていうのが、どこから来たのかが一向に判らないままでね。」
シマウマやキリンが突如消えたなんて動物園は、近隣はおろか日本中に問い合わせたけど1件もないし、
テトラポッドや大きなウサギの縫い包みも以下同文。
また、それらが所内の倉庫や保管庫から消えた頃合いに、逆に突然現れたという報告もないんだよねと。
棒付きの真ん丸なキャンディを指揮棒みたいに振ってから、
やれやれと呟きつつ包み紙を剥がすとマーブル模様の甘そうなそれをぱくんと口に放り込む名探偵様。
そのまま視線をちろんと向けた先には、
とりあえず現場から連れ帰った“お嬢さんたち”がソファーに並んで腰かけている。
地毛なら珍しいだろ白銀の髪に、紫と琥珀が同居する宝石のような双眸をし、
ライトダウンを脱いだ下は、いつもの白シャツとネクタイに、
黒ズボンにはサスペンダーと何故だかとんでもなく余り倒しているベルトというお馴染みのいでたちの一人と。
漆黒の髪はその毛先が色抜けして白という其方も珍しい髪をし、
瞳孔ばかりではないのかと思えるほどに黒々した射干玉のような双眸を、
伏せられるたびにぱちりと音がしそうな睫毛に縁どられた、
ともすりゃそれもゴシック調の衣装に見える、長々とした黒外套に白ブラウスの細身の少女。
「……?」
「……、…。」
敦くんや芥川くん、それぞれ当人が
異能をかぶった結果として本来の性別ではなくなったという事態なのなら、
それもまた大変には違いないが、それでもこうまで深刻な話にはならぬ。
本人たちもよくよく落ち着いて見回すまで違和感を覚えなかったほどに、
風習的にも街並みも、何もかも見慣れたそれなのだそうで。
だが、
『あの、何で中也さんも太宰さんも男の人なんですか?』
身近な人々の筈が、性別が違うところから、
これってもしかして…と双方ともに気が付いたのが。
知己の筈な相手は、似てはいても別人なのだという事実
それぞれにそれなりの自負があったろう職務中でありながら、
非常事態だとあって、二人で身を寄せ合うよにしているのが何とも痛々しい。
少女二人だからそう見えるのでもあろうが、
見覚えがあっても此処は彼女らにはお初の空間で、
文字通りの孤立無援状態なのだ、心細いには違いなかろう。
「太宰が交わした会話からして、彼女らも同じ任務に当たっていた様だね。」
ということは、
各々の性別が逆なこと以外は同じことをこなしている我々と彼らであったらしいと言えて。
「あの男の異能は特異ではあるが何の鍛錬もしていないせいか、さして強力なものじゃあない。」
危険に陥ったとパニックを起こすことで発動されており、
だが、だったら自身を何処かへ跳躍させればいいはずがそこまでは出来ないらしく。
追っ手の警官たちをどこかへ飛ばすという所業も出来ないらしい。
「なので、遠くて近い並行時空から
障害物なり助っ人なりを無意識下で召喚していたとみるしかない。」
「並行時空、ですか?」
並行世界とも呼ばれている、
時間軸をややずらした、所謂パラレルな世界。
タイムパラドックスを相殺するためなど、
SFやファンタジーといった物語に多々登場する理論で、
所詮は文学ジャンルの産物、架空なものと侮るなかれ。
物理学の世界でも存在を真剣に論じている博士らが居るそうな。
「それとは別口の解釈として、
我らの存在している次界を陽界とするなら、それを暗転させた裏次界。
鏡面時空、負世界というものもあるが、今回のはそこまで複雑な話じゃあなかろう。」
「いや、並行世界というのも十分奇天烈な話ですが。」
これまでは単に何かしらを召喚していただけだったので、
次元を越えたそこまでややこしい異能だと気づかなんだが、
今回は対処にあたった顔ぶれがグレードアップしたがため、新たな展開となったらしく。
彼の望むように何かが突如現れる代わり、
風貌や生い立ちなどに重なることが多い、だがだが唯一性別が違う存在同士が
双方の世界で同じ異能を持つ存在と同じような接触を同時にした結果、
どちらもが他方へ呼ばれ、その居場所を入れ替わってしまったというところか…というのが、
我らが誇る至高の叡智の主、名探偵様が下した見解と推量なようであり。
途中に大々的に非現実的な要素がぶち込まれているがため、
おいそれと飲み下せぬのは現実主義者の国木田だけではなかったものの。
現に敦も芥川もいないままだし、何の連絡も入っては来ない。
それに、ああまで彼ら二人へ似せた存在が何でまた
「あのようなややこしい現場に突然現れる必然がある?」
「う〜ん。」
現にこうまで怪しまれていては潜入失敗もいいところ。
いっそ似ても似つかぬ風貌の少女たちの方が
別件扱いでさして詮索もされぬまま、あっさりと保護されていたかもで。
「綺麗な髪だね。」
「あ…。」
その黒髪へ指を通して梳く感触へ、はっとした芥川似の少女だったが、
相手を見上げるとやや頬を染め、小さめの声で告げたのが、
「あの、もつれます。」
「みたいだね、でもコツが判っていれば大丈夫。」
こちらの芥川もそれは猫ッ毛な髪質で。
荒事専任なのだからと、さっぱり刈って短いめのあの髪型でいたのだが、
そこは女性だから ああまでツンツンには出来なんだか。
そおと気遣いをしつつ、だが、覚えのようようある柔らかな手触りへ
太宰が心地よさげに指を通しておれば、
「…太宰さんが居なかった間、
中也さんが手を掛けてくださってここまで伸ばせました。」
「おや。」
あ。勿論、ボクらの傍に居た女性の中也さんがですがと、
ちょっぴり済まなさそうに、何故だか敦ちゃんが口添えするということは。
「もしかして。今のキミのすぐ傍にいるのは私より中也の方では?」
「う…。///////」
探偵社の人だと言ってたのにねぇと小さくやんわり笑って見せ、
「そして君の傍には。」
「…ええ、組織から離れていた太宰さんと再会して、いろいろありましたが、あのその、////////」
自分の口から言うのは恥ずかしいか、もじもじと言い淀むのへ、
「こんな風に髪を梳いてもらっていると?」
「〜〜〜〜。////////」
代わりのように言い切れば、
ますますと真っ赤になって口唇を真横に引きつつ うにむにと噛みしめる。
ああ、そんな癖まで同じだねと、
目許を霞ませるように睫毛を伏せて苦笑を浮かべる太宰の様子へ、
「………う。」
ふと、不意に押し殺したような声がして。
太宰や中也が見やった先で、敦嬢が口許を両手で覆っている。
そんな彼女の様子にいち早く気付いた龍之介嬢が、ますますと身を摺り寄せ、
窺うように顔を覗き込んでおり。
そうして案じられていることへ、敦嬢の方でも目線を遣ったものの、
その朝焼け色の双眸があっという間に盛り上がった涙に埋もれてしまい、
「……っく、」
「大丈夫だ、案ずるな。やつがれが居ようよ。」
肩をすぼめた細い背を、袖口からフリルの覗く小さな手がいたわるように撫で始めて。
うんうんと頷きはすれど、感極まってしまったか涙も嗚咽もなかなか止まらない様相なのが痛々しい。
可憐なカナリアが寄り添い合ってるような雰囲気の二人へ、
痛々しいがこればっかりは当人同士が支えになってやる以上の手はないかと断じ、
黙って見守っていた太宰へ向けて、
「?」
此処まで遠巻き組だった国木田が、
声は出さぬまま口だけ“おい”と動かしつつ、大きな手を来い来いと招くように振っている。
その傍らには谷崎やナオミ、与謝野や賢治もいて、
何だこんなときにと、思い当たりがないまま そおっと立ち上がって歩みを運べば、
「あの二人は、いがみ合ってたんじゃなかったか?」
「あ…。」
ああそうかと、此処に至って彼らにはまだナイショだったっけと思い出す。
察しのいい乱歩としかロクに会話になってはなかったので、
そういう微妙な機微があったというの、迂闊にも忘れ去ってた太宰だったようで。
別段隠すことではないかもしれぬが、
ポートマフィアの禍狗と称す凶悪な存在と、
其奴に足を食われたこともあるわ攫われて満身創痍にされたこともあるわの、
社のかわいい弟分とが仲良くしている図は、
何も知らぬ仲間内には異様な光景にしか見えないに違いなく。
「あれもまた、並行世界の奴らだからという間柄なのか?」
「えっとぉ。」
当人たちが不在なままに暴露していいものか、ちょっとばかり迷った太宰の傍らから、
「非番の日は一緒に出掛けるほどには、仲良し。」
「なに?」
「きょ、鏡花ちゃん?」
敦と同居中の和装少女があっさりと暴露し、
少なからずギョッとした蓬髪の美丈夫の視線も何するものぞと
淡々とした声音で付け足したのが、
「敦は隠しごとが下手。」
「…ああ成程。」
作戦上は共闘したが、此処では微妙に部外者だからか、
窓に近い壁に凭れて成り行きを眺めていた中也の方へも顔を向け、
「帽子の兄様と仲良くなったのも隠しきれてないし。」
「わあ。」
敦く〜〜〜んっと、此処には居ない虎の少年へ、
今すぐ帰っておいでと切実に呼びかけてみたくなった太宰さんだったそうである。
to be continued. (18.02.24.〜)
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*ウチでは宙ぶらりんというか
時々名前だけしか出てこなかった鏡花ちゃんも、この際だからと出てもらいました。
そうそう休みが合うはずもないし、
鏖殺や壊滅急襲なんて実務は夜更けこそがお仕事となる中也さんなので
それほど逢瀬のために敦くんが出かけるということも少ないと思うのですよ。
なので油断しまくりだったらしいです、少年よ。

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